③ 聖書の形態、言語

写本は巻物だった。

歴史もののドラマを見ると、王様の御触れなどを読み上げる時、巻物を開いて~

なんて場面がありますよね。中国や韓国の歴史ドラマには、必ずといっていいほ

ど「竹簡」が出てきます。

 

 竹片を糸でつないで巻物にしたあれです。

 本を開いて読むことを「繙く(ひもとく)」と言うのは、

 昔書物が巻物だったところからきているのでしょうね。                         

 今の様に印刷機やコピー機の無い時代、文書を複数

 作るには書き写す以外にありませんでした。

 グーテンベルグの活版印刷は15世紀、ずっとずっと

 後の事です。

 「紙」ももちろん今の様なものではなく、パピルス、粘土、石、陶片(オストラコン)、木材、獣皮(パ

 ーチメント、コーデックス)などが使われました。十戒も石の板に刻まれたものでしたよね。

 巻物では持ち運びに不便ですし、さっと該当部分を探すという小技もききません。それで、

 だんだん今の「本」のように綴る形態へと創意工夫がなされていきました。

 

 旧約はヘブル語(とアラム語)、新約はギリシャ語(コイネー)で書かれていた。

旧約聖書のほとんどはヘブル語で書かれていました。(ダニエル書の半分とエズラ記はアラム語)。

アラム語はヘブル語と同様北西セム語群に属し、ルーツはどちらも原カナン語と言われていま

 す。イザヤ36:11に、攻め込んできたアッシリアの将に、「我々はアラム語がわかります」と言う

 場面が描かれていますが、そこからもアラム語が古来メソポタミヤ地方で広範囲に使われていた

 ことがうかがえます。

バビロン捕囚以降一般人はアラム語のみを話し、ヘブル語は宗教用語になってしまった、とい

 う解説もありました。イエス様もアラム語で話されたと言われています。

 

 ギリシャ語は、ヘレニズム世界の国際語でした。どの言語にも方言があります。日本語で考え

 ても、多少のイントネーションの違い位なら推測しあえますが、全く言葉自体が違っている場合

 はお手上げですよね。

日本には「標準語」というのがあります。ギリシャ語にもコイネーと呼ばれる共通語があり、

 人々の日常会話に使われていました。新約聖書はこのコイネーギリシャ語で書かれていました。

 

使徒行伝6章にギリシャ語を使うユダヤ人とヘブル語を使うユダヤ人との間にトラブルが発生

 したことが記されています。パウロは由緒正しい血筋のユダヤ人でしたが、タルソ生まれでした

 から、ギリシャ語が話せました。福音書の筆者たちもギリシャ語が出来た、ということですよね。

 

      なぜ旧約聖書と新約聖書が異なった言語で書かれていたか、もうお分かりですね。

     それを読むのは誰か、時代的、場所的なことが影響しています。

「聖書は、見えない神の啓示であり、人間への神の語りかけの言葉」ですから、対象者が読め

  ない言葉では意味がありません。

  福音が世界に広まり、これまでユダヤの一民族の宗教であったものが「キリスト教」として国

  際社会の宗教にかわっていたということを、新約聖書がギリシャ語で書かれたというところにも

  見ることができます。

 

                 聖書は今や各国語に翻訳され、普及しています。 誰でもいつでも聖書を手にする事が出来る

  時代になりました。しかし、翻訳の歴史にも涙なしには聞けない様な多くの迫害や犠牲があった

  ことを知る時、聖書が単なる「本」ではないことに思いが至ります。

  それをつまびらかにするには膨大な紙面が必要になります。今回はそこには触れないでいます。